それは突然の出来事だった。買い出しに出掛けた父が抱えて帰ってきたのは、日用品ではなく見知らぬエレゼン族の男だった。
先に俺と家族の話をしよう。俺の名前はヴェネル。親父はルガディン族で、俺はミコッテ族だ。もちろんだが血の繋がった家族ではない。俺がまだほんの赤ん坊の頃、森に居たところを親父に拾われたらしい。本当の親のことは生きてるのか死んでるのかさえも分からない。でもそれで構わない。俺の親父は親父だけだし、母さんも母さんだけだ。俺の母さんはエレゼン族で、種族の違う二人の間には長い間子供が出来なかった。だから俺を本当の我が子のように愛し育ててくれた。俺にとって大事なのは顔も知らない産みの親より育ての親ってこと。
親父はもともとリムサ・ロミンサのメルヴァン税関公社に務めていた役人で、巴術士でもあった。当時冒険者として活動していた母さんと出会って恋に落ちて、結婚してしばらくはリムサ・ロミンサで暮らしていた。けど母さんは五年前に起きた第七霊災で死んでしまった。親父も俺もすごく悲しくて、母さんの故郷である黒衣森に住処を移してから、親父は同じように霊災で家族を亡くした人たちを支援する活動をしながら静かに暮らしている。
そんな親父が連れてきたエレゼン族の男は見るからに怪しい出で立ちだった。ぼろぼろのローブと小さな片手杖を持っているところを見るに呪術士なんだろう。最近また密かに悪事を企んでいるという最後の郡民を彷彿とさせて俺は顔をしかめた。 親父はグリダニアに向かうまでの道のりで倒れていたのを放っておけず連れてきたのだという。人が良すぎるの親父のいいところであり、悪いところだ。こいつが危ない奴だったら俺が追い出さなきゃな、と俺は密かに覚悟した。
ローブの男が目を覚ましたのはそれから五日目の夜だった。男はあたりをきょろきょろ見渡して、開口一番こう言った。
「ここはどこだ」
不遜な奴だと思った。眉をひそめる俺に代わって親父が状況を説明する。しかめっ面をしていた男はしきりに目を動かしていた。
「──それで、君はどうしてあそこで倒れていたんだい?」
「……分からん」
親父が尋ねてもそんな調子だった。だが名前や故郷のことを聞いたとき、俺も親父もこれはおかしいぞと思い始めた。
「……思い出せない」
男はどうやら記憶喪失らしかった。第七霊災の後はそんな人が多かったし、正直に言えば俺自身だって曖昧なところはある。だがベッドの上で考え込んでしまった男は自分についての一切を覚えていないようだった。
彼が落ち着くまで面倒をみよう、と言い出したのはもちろん親父だ。男は体中傷だらけな上に右目も見えていない。さすがの俺だってそんな奴を見捨てられるほど薄情じゃなかった。男の他にも助けを必要としていた人がいたからずっと付きっ切りというわけじゃなかったが、怪我の治療をしたり熱が出てうなされているのを世話してやったり、結構大変だった。それなのに男ときたら不愛想で、俺が包帯を取り換えようと思って体に触れようとするといつも嫌がった。親父相手にも似たようなものらしく、何かトラウマがあるのかもしれないと親父は言っていた。男はいつもベッドから窓の外を──特に月を眺めていた。