「私も最期はシヴァのように、貴様に喰らってもらおうか」
エレゼン族の男は世間話でもするような口調でそう言った。その表情は降り注ぐ月明かりのように穏やかそのものだ。宿『九つの雲』の個室は明かりが落とされ、しんと静まり返った街の様子が窓の硝子越しに見える。今は忙しなくあちこちを駆け回る男にとっての短い休息時間だった。
男の左右色違いの視線が肩に乗る幻龍に向けられる。金の右目は本来の機能を失っているというのにまるで見えているかのように振る舞うため、彼が隻眼であることを知る者は僅かしかいない。その僅かな数に含まれる幻龍の怪訝な様子を感じ取った男の目が細められる。
「魂を共に、などと戯れを言うわけじゃないさ。ただ私もいつかは死ぬ。無様に死体を晒すより、欠片も残さず食われた方が後始末が楽だろう」
幻龍は男が倒れ伏す姿を想像した。英雄と呼ばれる男の末路にしてはいやに呆気ない光景が浮かんだが、事実いつ簡単に死んでも不思議ではないくらいこのヒトには多くの災厄が降りかかる。他人から懇願されて関わったものもあるが、自ら進んで危険に足を踏み入れることも少なくない。いくら光の加護を持ち、一度は封じられたそれを再び手にするほどの力を持っていたとしてもヒトはヒトだ。百年もすれば老いてエーテルに還るだろう。ただこの男の言葉には自嘲するような含みがあった。
「ああ、だがそのためには貴様に目覚めてもらわなきゃいかんのか」
男が幻龍の小さな頭を揶揄するように指で撫でる。語りかけているというのに、ただの独り言のように男は言葉をこぼす。最初からこの与太話に答えを求めてはいないのだろう。
「いつかでいいんだ」
祈るようなその声は、地に落ちて溶ける雪のように静かに夜に消えていった。