その女魔道士は凄まじい強さだという噂だった。噂でしかないのは、彼女が他の冒険者とは共に戦わないからだ。戦ったところを見たという依頼人も少なく、杖のひと振りで敵を屠ったという話も尾ひれ背びれのついたものなのかもしれない。  彼女は赤い犬を連れていた。  鋭い牙と爪に筋肉質な体躯。はて狼だろうか、それとも実はモンスターなのだろうか。事実は不明だったが、彼女がただ一匹共に連れているのはその犬だけだった。  ギルドで彼女の名を尋ねると、彼女はベッラ・ベルフィオーレという名で登録していた。美女に、美しい花。明らかに偽名だろう。陰気な格好とは真逆の名だと思った。  あるとき酒場で彼女を見かけた。興味本位で近づいて話しかけてみれば、存外朗らかに彼女は私に挨拶を返した。

「どうして他の冒険者と共に戦わないのか」

私がそう尋ねると彼女は薄っすらと笑った。

「必要ないからだ」 「噂通り、君は強いのか」 「さて、噂のことは知らないが。興味があるなら試してみるかい?」

挑発的な彼女の言葉を聞いた他の冒険者が私の背を叩いた。

「おお、喧嘩か?」

場はあっという間に盛り上がり、私と彼女の決闘が行われることになってしまった。

「すまない、こんなつもりでは」 「いいとも」

酒場の外に出て、風に揺れるフードの下を見た。美しかった。紅で縁取られた唇はゆるく三日月のように弧を描く。ただ紫色の瞳は冷たく、私を射抜く。

「手加減は苦手でね。つまらない試合になったら悪いな」

かなりの自信家のようだ。 私も負けじと顔を引き締め、武具を構える。酔っぱらいの冒険者の合図で私は彼女へ踏み出した。  覚えているのはそこまでだ。  私は気が付いたら宿のベッドの上にいた。なんてことだ、私はあっさり彼女に負けたのだ。彼女は私を倒してさっさとどこかへ消えてしまったらしい。酒場に向かうと、昨日もいた冒険者が私を労った。

「ありゃあ恐ろしい女だな。あんたを倒しても表情ひとつ変えなかった」

私は彼女のことを思い出していた。彼女はどこへ行ったのだろう。どこへ向かうのだろう。孤独な目をした女魔道士の噂は、カルテノーの戦いを堺にぱたりと止んだ。


初出:2023/11/12